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無名の個人であることを理由に逃げ道を作ることなどなど

■鋭意制作中
伝えたいことがある、とか高尚な目標というわけではないですが書きたいことを全部詰め込んで作品にできればいいですよね。それがまだまだ書きこめていないので経験不足だなあと思っておるわけです。

ネームが終って下書き作業中ですが何かページが減ってます。不思議。いや意識して圧縮してるんですけど、それほどへらんだろ、と思っていたんですよね、以外に減っちゃってます。薄くなる。
なんでだろう、と思ってたら、ネームにふった番号が間違えてましたね。ハハハ

しかしもう二カ月程度しかないと考えるとあんまりウカウカしてられません。
目処はたったかと思いきやだんだんと・・・まだまだ本気で考えてないところがあるので少しPCつける時間を減らすべきでしょうね(帰ったとたんに電源ボタンを押しながら)
PC切っててもできるアナログ楽しいです。

だからそこで、携帯でツイッター開いてちゃいみないんだって!!


■息抜きで
これ書いてるわけですが、考えがまとまらないことを書こうとして全部消したりしました。
自分の考えていることを分かりやすく伝えるために必要な客観性を欠いている上に、語彙が貧相なのでなんともはやー。

何度目か分かりませんが、ブログでもツイッターでも、ましてやリアルな場のやりとりででもなんでも、オープンな場で何か考えを発信する場合はそれなりに責任が発生するものです。あとで釈明したり、取り繕ったりするのは放言する時よりもパワーが必要なことでして、それが重なると信用というものがなくなります。そんで、それを取り戻すにはまた膨大な時間とエネルギーが必要なんですね
いや俺はそれでいいんだ、その場限りの考えたことを好き勝手に発言して、あとで矛盾が発生したとしてもそんなことはどうでもいいのだ、というのは、その人を重要視すればするほど、どうでもよくないことですし、重要度如何によってはその人の考え方や人生を大きく変えてしまうものです。
有名人や有識者ではない、たかが一個人の、何の知名度もない一般人のそれにそこまで振り回されるほうが愚かしい、と言う考えも当然ありましょう。
その個人がたとえ一市民であったとしても、その信望者たるものにとってはテレビにでているタレントや著名人、国家元首以上に影響されてしまうものである、ということも当然あり得る。価値観が覆されるということはよくある話で。

可能性の話ですよ。でもネットで無名の個人同士が交流を図ることがこれほどまでに容易になった今では昔よりもその可能性は大きいであろう、と。

いやまあこう書いていながら、「そこまで個人に陶酔する人いるかなあ」と若干懐疑的になってる部分はありますが。
少なくとも、そういう可能性がある場で考えを発信するのであれば、自分が書いた文の内容に責任をもちえる程度のことにとどめておく必要はあるな、と思うのです。

これは危機管理に通じてくる点でもあるので心に留めておいてほしい、などと思ってますが、まぁ余計なお世話ではありますよね。
ようは他人に見られて恥ずかしくない自分を作ろうね、というお話でした。

■ネットの自分とリアルな自分
どっちが本心に近いのだろう、ということを考えると、最近よく分らなくはなってきました。
友人と一緒にいる自分と、仕事している自分、家族といる自分、ネット上でこんなことを書き散らかしている自分。
どれもこれも一要素であるけどどれも本物ではないような、そんな感じで。
よくよく考えてみるとそれは当然な話なんですが、少し前はこんなグダグダ書き散らかしたりしている自分が一番本心に近いのだろうと思っていました。なぜか。
要は肉体というガワを取っ払った考えだけの自分だからでしょう、というのが第一で、それゆえに一番楽でいられる形態だったからなのか、何にしても心地よかった。
しかしながら結局のところ、これはネット上で生きやすいようにカスタマイズした自分であって、奥底にたまった澱のようなものはひたすらに隠しているのです。よって別にこれも自分というには役者不足。
ネット上で生きやすいようにカスタマイズするのって、ほんと簡単なんですな。現実でいろんなよくわからん不確定要素や合わせたくもない人間や考えに合わせてこんで形態変化させるよりよっぽど容易です。


というところまで考えてめんどくさくなってきました。
まぁリアルの自分は本当の自分じゃないんだ・・・ なんて思ってる人がいたら、少し考えてネット上でも取り繕っていないか考えてみると、少しリアルも楽しくなると思いますよ。どっちにしろそうしないと生きにくい世の中なら、そうすることを楽しむ二面性をもつのも、有りなのかもしれない
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